一日のはじまり
午前9時過ぎ、就労継続支援B型 おべんとうばこ の厨房は活気と熱気に包まれています。
カウンターに整然と並ぶ弁当箱や、次々に出来上がるお惣菜の品々。
パンに挟むフィリング、揚げ物、フライパンには仕上げを待つ中華丼の具材。
肉を切り分け、パン生地をこね、焼きそばを炒め、鍋やボウルを洗い、野菜の下ごしらえ。
テキパキと同時進行で、惣菜やサンドウィッチが出来上がります。
これから写真撮影が入ります、という施設長・堀さんのアナウンスに、
視線は手元のまま、皆さんからの「よろしくお願いします。」という力強い声。
真剣な横顔と緊張感に圧倒されつつ、おべんとうばこ の一日を追いかけます。
『おべんとうばこ』と『ふらんすぱん』
相模鉄道いずみ野線「緑園都市」駅から徒歩5分。子易川(こやすがわ)遊水池前の横断歩道を渡り住宅街に入ると、わずかに残る畑の先に施設が見えてきます。
一軒家の二階建て。
二つの入り口にはそれぞれ、『おべんとうばこ』『ふらんすぱん』と書かれています。
「パンやお菓子は『ふらんすぱん』の名前でつくり販売していましたが、お弁当部門と一緒になり、現在は『おべんとうばこ』として運営しています。『ふらんすぱん』の名前を皆さんに覚えていただいた頃だったので、思い入れと一緒に表札はそのままにしてあります。」(施設長・堀さん)
「私たちのあゆみは、お弁当の製造・販売からはじまりました。法人の理念に沿って、利用者が仕事としてできること、可能なことにはなんでも取り組んできました。これからもさらに取り組みを広げていきたいと考えています。」(施設長・堀さん)
利用者34名、職員15名(うち10名は非常勤職員)。
現在は三つの部門に増え、建物の一階ではお弁当部門とパン部門が各厨房に分かれて製造、二階にはチラシの挟み込み作業を請け負う部門があります。
パンの厨房
中央の長いカウンターを隙間なく皆さんで囲み、その上に広がる多種多様な食材。
自分の作業に必要なものを並べ、手早くサンドウィッチやロールサンドを仕上げます。
ひとつの作業が終わると次の作業へ、決して手が止まりません。
午前10時過ぎ、順番にパンが出来上がり、袋詰め作業にうつります。
食品表示シールを貼り、パンケースに収めて完成です。
お弁当の厨房
「次、トマト入れてください。」
「はい、トマト入れます。」
「お願いします。」
この「〜お願いします」というフレーズが繰り返し厨房に響きます。
誰かが作業を引き継ぎ、順々にお弁当が出来上がります。
「今日のメニュー表を見て、使う食材と調理法を確認し、各持ち場で動きます。チーフはとくに細かい説明をすることはありません。全体の流れは声をかけますが、仕事は一人ひとりが理解し、取り組んでいます。」(職員・田中さん)
「イベントなどで販売したお弁当を『おいしかった』と言っていただき、少しずつ取引を広げてきました。土日のイベントにもできる限り対応し、過去には300食のサンドウィッチをご注文いただいたこともあります。利用者の皆さんと、そのご家族にご協力いただいて、朝の6時半からつくりました。お弁当もパンも、需要があれば、まだまだつくります。」(施設長・堀さん)
「私がこちらへ来た頃、施設長(堀さん)はパンやお菓子をつくっていました。
食品を製造する際の姿勢と理念、私たちはこれを引き継いで取り組んでいます。
安全につくること、安心して提供できるものをつくること、そして法令の遵守、この三つです。
これは、企業も私たち福祉施設も、食品を製造し販売する上では変わりません。」(職員・田中さん)
午前10時半過ぎ。
お弁当が出来上がり配達の人たちが出発する頃、厨房は人影が少なくなります。
残る人たちで、皆さんの昼の給食をつくり、鍋などの洗い物や、明日の仕込みを開始します。
チラシの挟み込み
外部から、チラシ・リーフレットの挟み込みや封入作業を請け負い、忙しい時期は施設全体で協力し取り組みます。
「チラシの作業は納期が決まっているため、急ぐ時は全員が助け合います。皆さんにとって、他部門の仕事を手伝うことは当然で、“仲間が困っている時は自分が手伝い助ける、任せられている”という気持ちが強くあります。」(職員・清水さん)
仲間同士、お互いに頑張る姿はたくさんの影響を与え合います。
「仲間から受ける影響は、はかり知れないほど大きなものがあります。職員からの影響などは微々たるもので、変わっていく姿にご家族が驚かれるほどです。」(施設長・堀さん)
お弁当の配達
先ほどまでヘアキャップにサロン姿だった皆さんが、上着を着て黒いナップサックを背負い、慌ただしく玄関口で靴を履いています。
完成したばかりの、お弁当を詰めたボックスを抱えて出発です。
ひとつの場所に二人一組で配達に向かいます。
「GPS付きのキッズ携帯と、水筒の入ったナップサックを持って配達へ出かけます。二人一組で、その人の通勤経路の途中にある配達先に届けます。昨日も相鉄線の不通と遅れがありましたが、携帯電話で施設へ連絡が入り、状況を聞き指示を出しました。一組は運転再開の見込みがあることがわかったので、安全に待機し運転再開後に通常通り施設に戻るように指示、もう一組は運転再開に時間がかかることがわかり、施設から職員が車で迎えに行きました。」(職員・清水さん)
「配達は皆さんにとって、やりがいのある仕事の一つです。配達に出るためには、施設で決めている三つの基準に合格しなくてはなりません。
一つ目は、自分で携帯電話を発信できること。二つ目は、状況判断ができること。これには、運行状況や自分自身の体調の把握なども含まれます。三つ目は、施設からの着信に携帯電話で応答できることです。 」(施設長・堀さん)
日頃から取り組む災害時の訓練も、大きな力になっています。
おべんとうばこ では、消防署の立ち合いで年2回、また地域の方々と年1回、災害時の訓練に参加しています。火災と地震では避難の場所や対処が異なるケースを見据えて、それぞれが状況判断し行動できることを目的としています。
「皆さんには “この仕事は自分に任せられている” という思いがとても強いので、 配達が出来なくなると情緒に影響します。皆さんの能力を最大限に伸ばそうと、当時の施設長の考えではじめた試みですが、こうした安全対策によりこれまでに事故やトラブルは一度もありません。」(施設長・堀さん)
小柄な人、背が高い人、力持ちの人、そうでない人。
雨の日も、風の日も。
仲間がつくったお弁当を携えて、昼食を待つ人たちのところへ向かいます。
外部販売・泉区役所へ
今日は泉区役所でパンとお弁当の販売日です。
パン、サンドウィッチ、お弁当、そして中華丼を車に積み込み、職員の高橋さんがハンドルを握り、関川さんと阿部さんが一緒に販売に行きます。
今日の取材に応じるため、昨夜は緊張して眠れなかったと話す二人。
仕事のこと、日常のことを伺います。
——- 朝は早いと伺いましたが、施設までの通勤時間はどれくらいかかりますか?
関川さん: 朝7時に家を出ます。施設に着くのは8時20分です。
——- 1時間20分、結構かかりますね。
関川さん: はい。乗り換えがあるので、電車の事故があると「どうしよう…」と思います。
でも、いつも意外とギリギリ間に合ってホッとします。
阿部さん: 私は電車とバスです。朝の着替えにとても時間がかかるので、今日は5時20分に起きる予定でしたが、起きたら6時半でした。今日の取材のことを考えたら緊張してしまいました。
——- パンの厨房で、関川さんは中華丼を、阿部さんはサンドウィッチをつくっていました。手早くとてもきれいな仕上がりでしたが、日頃から調理をしますか?
関川さん: 家では家族がつくるので、自分でつくりませんが、仕事で料理するのはとても好きです。中華丼の盛り付けは、きれいによそうことが難しいですが、量りながら毎日練習してできるようになりました。ここで働くのは7年目で、4月に8年になります。
阿部さん: 私は料理が好きで、実家にいた頃は、やきそばや卵料理をつくっていました。
二人分をつくるつもりで七人分つくってしまって、お母さんに『なぜ??』って怒られたことがあります。今はグループホームなのでしません。私は今年3年目で、4月に4年になります。
——- 先ほど、皆さんのエプロンのポケットに入っている小さなノートを見せていただきました。
レシピや手順をメモしていますが、これはどんなときに書いて使いますか?
関川さん: 仕事の中で、繰り返し忘れやすいところを中心に書き込みます。毎日使いこなして、一冊終わると、新しいメモ帳に忘れやすいところだけ写します。休憩時間に書いて、電車の中で読み返したりします。仕事の途中でわからないことを職員さんに聞くことは、少なくなりました。
阿部さん: 私は、忘れてしまいそうなときは、職員さんに聞いてその場で書くこともあります。
——- 仕事をはじめた頃と、今のご自分とで、なにか変化を感じますか?
関川さん: 今の自分から考えると全然できていなくて、昔の自分は情けなく思います…。
阿部さん: はじめの頃は、わからないところを職員さんに言えなくて、でも今は聞くことができるようになりました。
——- お休みの日の過ごし方や、お小遣いの使い方を教えてください。
関川さん: お休みの日はテレビを観たり、音楽を聴いて過ごします。
お小遣いはCDを買います。あとは、家族の誕生日が近くなると、内緒にしておいて、金曜日に施設でクッキーを買って帰ります。
阿部さん: 休みの日は図書館に行ったりします。前は、小学校1年生の算数の本を借りました。
計算が苦手なのでできるようになりたいです。グループホームにいるので、自分でお金を使うことは、あまりないです。自分で決めてホームに入りましたが、いつか施設に近い場所に自分の家を建てて、ひとりで頑張りたいです。人に迷惑をかけないように、です。
——- 仕事やプライベートで、これからやってみたいことや挑戦したいことを教えてください。
関川さん: 今は毎日の仕事がとても楽しくて、とてもやりがいを感じています。販売や配達に行って、人とお話しすることも好きなので、もっとやってみたいです。
私のまわりには結婚している人が多いのですが、その人たちを見ていて、自分にもいつかそんな出会いがあるのかな、と思います。
——- それはすてきですね。一生懸命お仕事をされている中で、すてきな出会いが増えていくように思います。阿部さんはいかがですか?
阿部さん: 私はテレビでイケメンを見ると、金髪の人とか、かっこいいなと思います。
——- (全員で笑う)
阿部さん: 私も配達や販売の仕事が好きです。昨日も関川さんと一緒に配達に行きました。
行かれる時はいつでも行きたいです。
今はコロナでなかなか外出ができないですが、散歩に行きたいです。
『いずみ中央』駅の川沿いが好きです。前に白い鳥を見ました。また見に行きたいです。
掃除とダンス
午後3時、今日の最後の休憩時間です。
施設全体が、これまでの緊張した表情から和やかな笑顔に変わります。
外出から戻った施設長・堀さんのまわりに、皆さんが集まり賑やかです。
「ダンスチームは20名ほどですが、関川さんは穏やかな人柄で、皆さんをよく見てまとめています。」(施設長・堀さん)
さて、休憩が終われば清掃の仕上げです。
厨房機器はもちろん、施設中の床や階段もピカピカに磨かれます。
一般企業への就労支援を行う
一日を通して、皆さんが忙しい日常を、まさに分刻みでパワフルに働いている様子に驚くばかりです。
「皆さんは、仕事をしにきている、自分は仕事を任されている、という思いがとても強くあります。
ここでの仕事振りも素晴らしいですが、プライベートでも様々な取り組みをしていて、その才能や能力を発揮されています。」(施設長・堀さん)
「このすばらしい人たちと、施設での関わりだけでは本当にもったいないと思い、プライベートでも交流ができればと、年に1回、秋に有志で集まり一緒に23.5km歩いています。
職員も利用者も関係なく自由参加です。
日頃、私たちはレクリエーションがないので、運動不足解消も含めてはじめましたが、毎日の仕事で鍛えられているせいか、23.5kmを楽に達成します。
回を重ねるごとに、少しずつ参加する人が増えて、うれしいです。」(施設長・堀さん)
仕事量や内容を見ていると、一般企業で働く様子と変わらないように感じます。
個々の職能を見つけ、伸ばし、可能性を広げていく先には、それぞれのビジョンがあるのだそうです。
「ここで固定のプログラムで練習して、慣れてくるとまず発言がかわります。
指示を出さなくても自発的になり、任されているという気持ちが強くなります。
そして、仕事が自信につながり、もっと頑張りたい、という気持ちが出てきます。
まだ件数は多くありませんが、中には一般就労を望む人もいます。
ご本人の気持ちを一番大切に考え、希望があれば企業への就職を支援します。
ここでの経験を踏まえ、充分に企業で就労できる確信を持って、私たちは送り出します。」(施設長・堀さん)
おべんとうばこ は、関係機関と連携しながら就労先を探し、就労継続支援A型ではなく一般企業への就職を支援しています。
B型事業所としてはとてもめずらしく、「他の事業所ではあまり見られない支援の取り組みかもしれません。」と、施設長・堀さんは話します。
この就労支援を受ける人は、おべんとうばこ で培った仕事の実績と自信を携えて、職員をはじめ施設の仲間たちから向けられる、まるごとの信頼を胸に、ここから自分の意思で一歩を踏み出します。
「ここから企業に就職した人が、はじめてもらった給与で、施設の仲間に高級なカステラを買ってきてくれました。もう、胸がいっぱいになりました。」(施設長・堀さん)
送り出した人が会社の帰りに施設へ寄って、話をしていくこともあります。
「夕方、仲間は帰った後で私たちしかいないのですが、それでも来てくれて。
ひとしきり話をして、スッキリと晴れ晴れした顔で帰って行きます。」(施設長・堀さん)
今日、仕事で頑張ったこと、大変だったこと、うれしかったこと。
明日また頑張ろうと思っていること。
堀さんは、送り出した人たちの言葉を受け止め、その背中を見守ります。
誰かを送り出し、誰かを迎え、また新しい仲間が増えていきます。
「そうした縁を大切にしたいと思っています。」(施設長・堀さん)
一日の終わりに
午後4時、帰宅する皆さんを見送りながら、職員は一人ひとりに声をかけます。
皆さんはポツリポツリと言葉を残して帰宅して行きます。
「一日が本当にあっという間で、もう4時、帰らなきゃ! という毎日です。
一部の利用者は真っすぐ帰らず、途中で1時間ほど、買い物をしたり、好きな場所で風景や電車を眺めたりしてから帰るようです。
仕事が終わってから家まで、切り替える時間を思い思いに過ごしているのでしょうね。」(施設長・堀さん)
「利用者も職員も、表情よく活気ある職場づくりを目指しています。」と話す堀さん。
静かになった厨房を前に今日一日を振り返ると、仕事中の真剣な表情と、自分の言葉で丁寧に話す皆さんの様子が思い出されます。
「できる限り、皆さんにたくさんの選択肢をつくりたいと思っています。
もし私たちが、たった一つの選択肢しか示せないとしたら、それは私たちの仕事としては努力が足りないと思うのです。
ここで働く皆さんには、多くの可能性の中から自分で選び、切り開いていく力が備わっています。」(施設長・堀さん)
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