街パンの風景
横浜市庁舎2階で開催する『街パン』会場に、『SELP・杜』のパン部門と『杜の茶屋』のパン工場の二箇所でつくられた、種類豊富なパンやお菓子が並びます。日頃、喫茶で接客を担当する利用者さんから、新商品やおすすめ品のあれこれを伺い、とても楽しい時間になりました。
山のようにお買い上げした後に追加で購入する人や、今買ったパンを市庁舎のロビーで試食し、ブースへ戻ってきて感想を伝えるお客様など、おいしいパンがお客様の心をグッと掴んだ様子が伺えます。
会場には販売する利用者さんのほかに、トレーの回収や細かな仕事を担う人もいます。
回収したトレーを消毒しブースへ戻す、行ったり来たりの作業です。
そして時折、作業の手を止めて、トレーにパンを載せてレジへ歩いてゆくお客様の背中に、深くゆっくりと頭を下げる様子。ともすれば、振り返ることのない人へ向けて、繰り返されるその真摯な挨拶は、私たちに感謝の意味を問いかけます。
中野地域ケアプラザ
JR根岸線「港南台」駅からバスで10分余り、「中野町」のバス停を降りると目の前に『杜の喫茶』と書かれた大きなガラスの窓が見えます。
建物には『SELP・杜 中野地域ケアプラザ』、入り口へ回ると手前にパン屋さんがあります。
社会福祉法人 ル・プリが運営する『SELP・杜』におじゃましました。
お店に入ると、正面のガラスの向こうに、パンをつくる様子が見えます。
働くたくさんの人が、それぞれに違う作業に取り組む風景は、興味深く見ていて飽きません。
SELP・杜のパン部門は15名(利用者10名、職員2名、パートスタッフ3名)で、毎日たくさんのパンを焼いています。お店で販売するパンに加え、外部販売用や注文分を合わせると、種類も数も多く忙しい一日になります。
一日の流れ(2021年3月現在)
07:00 一番早く出勤する人が仕込み開始
07:30 二番目に早い人が出勤、仕込みの手伝いと洗い物
08:00 密集を避け順に出勤、一日の仕事のスタンバイ
09:15 朝の会、パンづくり開始!
13:15 昼食と休憩
14:30 厨房の掃除開始
15:30 着替え
16:00 利用者さん帰宅
朝10時には、お店の棚に続々と焼き上がったパンが運び込まれ、お客様も入店の順番待ちで外に並んでいます。
「この施設で利用者さんとパンをつくるために、レシピを考えた人が工程にたくさんの工夫を取り入れました。今も、私たちはそのつくり方で焼いています。ロールパンやカレーパンなどは、前日に冷凍した生地を再び発酵させ、朝はすぐに焼くことができます。」(職員・〆木さん)
あんぱん(杜の粒あんパン)や野沢菜パンなど、中に餡が入るものは、丸く成形した後に麺棒のようなもので、上から押して平らな円盤の形にします。
「餡を入れるものは、形がくずれやすく成形することが難しいので、少々形がくずれても失敗にならないように、潰して平らに仕上げています。これも工夫の一つです。」(職員・〆木さん)
パンづくりは、分割と成形の担当がわかれているそうですが、皆さんの手際と正確な仕事ぶりは職人そのものです。
「利用者さんが取り組む仕事は、毎年3月に希望を聞いて4月の初めに決まります。中には新しい仕事に取り組む人もいるので、職員やパートスタッフと一緒に、一年かけて仕事を覚えていきます。今の時期はちょうどそれぞれの仕事が完成された頃になります。」(職員・〆木さん)
作業の様子を見ていると、皆さんは手を洗うため、頻繁に洗面に足を運びます。
「パン以外のものをさわったときはもちろんなのですが、食品アレルギーへの対応として、生地が違うパンをつくるときにも、手をよく洗います。たとえば、卵や乳製品の入った生地の後に、入っていないパンをつくるときなどです。」(職員・〆木さん)
パン部門の皆さんの多くは自宅から施設に通っています。
皆さんのアクセスは、施設の立地の関係で比較的に広範囲です。
「実家から通う人、グループホームから通う人、様々ですが、ここでの仕事ができるようになってくると、自立の気持ちが出てきます。仕事をする中で、段々と作業を覚え、洗い物や洗濯物を畳むことなど、ひとつでも、やっていれば確実にできるようになります。そうして生活に必要なことが少しずつできるようになっていきます。」(職員・〆木さん)
中には、「自分の力で生活したい、独立したい」という人も出てきて、日常生活のことができるように、〆木さんたちは支援のなかで皆さんを見守ります。
杜の喫茶
SELP・杜の喫茶部門『杜の喫茶』、そして近くに『杜の茶屋』の二つのイートインがあります。
メニューは少しずつ異なりますが、どちらも施設でつくられた美味しいうどんや蕎麦、軽食など戴くことができます。
「うどんや蕎麦は建物の三階にある麺部門でつくっています。うどんは機械打ちですが、蕎麦は利用者さんの手打ちです。ある日、職員が打ったものをお客様にお出ししたところ『いつもと違う……。』と言われてしまったほど、腕の立つ蕎麦打ち名人がいます。」(職員・〆木さん)
「コーヒーにもこだわりがあって、焙煎工場では手作業で豆の選別作業を行っています。二つの喫茶店でそれぞれのブレンドコーヒーが楽しめます。」(職員・〆木さん)
この日は、中野地域ケアプラザの『杜の喫茶』から徒歩数分の場所にある、『杜の茶屋』にもおじゃましました。広い店内でくつろぐ年配のお客さまは、もう10年近く通っています、と話します。
「うどんが美味しくて人気ですよね。コーヒーも二箇所で味が違って美味しいです。ときどき人によって商品の案内が違うこともあるけど、ご愛嬌ですね。」と笑う様子に、地域のファンの皆さんから愛されるお店の様子が伝わります。
地域との関わり
お店の棚には、実に多くの加工食品が並んでいます。
栄区内には高齢の方が多く、中には買い物が困難な地域があり、SELP・杜ではパンをはじめいろいろな食品を、決められた場所へ届け販売することもあります。
豆富、納豆、こんにゃく、味噌、麺類、煎餅、弁当、揚げ物、たこ焼き、そしてジャムなど。
すべて手づくりで自慢の品々です。
「はっさくや柚子は、地域の方が自宅の庭で収穫しご提供くださったものをジャムにしました。出来上がったジャムに、お礼の手紙を添えてお届けしました。」(職員・〆木さん)
また、地域ボランティアの皆さんと関わりが深い活動もあります。
SELP・杜の広報誌の発行もそのひとつで、利用者の皆さんが地域の方々の力を借りて、活動しています。記事は、職員から提案するテーマや内容に沿って起こし、原稿はすべてパソコンで入力します。
パンの工房で働く高橋さんは、この活動を “新聞“ と呼び、「とてもやりがいがあります。」と話します。
「利用者さん4〜5名が編集に携わり、『SELP・杜だより 杜の聲』という新聞を発行しています。パソコン作業や編集作業は、月に1回、地域のボランティアの皆さんに教えていただきます。ボランティアさんは、このケアプラザでパソコン教室を開いている地域の方々で、長いお付き合いをしていただいています。」(職員・中山さん)
「仕事以外でも、皆さんには本当にたくさんの才能があります。その才能を発揮できる場を、もっとつくっていかれたらと思います。皆さんが意欲的に好きなことに向かい、活躍する姿は、見ていて本当にすばらしいと思います。」(職員・中山さん)
支援の仕事
職員の〆木さんと中山さんは、支援の仕事の中でパンづくりを行なっています。
パンの成形や焼きなど、どの作業を見ても職人の手捌きです。
「私は、はじめからずっとパンづくりですが、人によっては部門の移動などで、豆富づくりや陶芸部門になることもあります。そうしたときはやはり大変です。」(職員・〆木さん)
「福祉の勉強をした後、こちらにはじめて入職し、お菓子の担当になりました。それまで料理をしたことがほとんどなく、お菓子づくりなどはまったく縁がなかったので、本当に大変でした。利用者さんに教えていただき、長年勤めているパートの方々に習いました。皆さんを頼りに、真っさらなところからのスタートでした。」(職員・中山さん)
利用者さんの中には、蕎麦打ちやパンづくりなど長く取り組む人もいて、その仕事を極めていることが多いのだそうです。
「いつも、次の人を育てていかなくてはいけません。職員がかかりきりになれない時もありますから、そうした人たちに “教える“ ことを担っていただくこともあります。中には、教えることがとても上手な頼もしい人たちがいます。」(職員・〆木さん)
これからのSELP・杜
2020年度は新型コロナウィルスの影響により、飲食の提供や催事の物販で収益を得ている事業所には厳しい一年になりました。
「コロナの影響で、お祭りやイベントがすべてなくなりました。例年、夏祭りにはじまり秋は11月くらいまで、毎週末どこかに出店しパンを販売していましたので、収益としても大きな打撃でした。さらに、毎日行っていた外部販売が減り、つくるパンの数が大幅に減りました。利用者さんはパンをつくりたいと思っていますから、その気持ちをどうやって生かすかが課題になりました。なんとか続けられるように、今までは忙しくて取ることがなかった休憩を挟んでみたり、作業がすぐに終わらないような工夫が必要でした。」(職員・〆木さん)
売り上げが減れば、支払う工賃を下げざる得ない状況にもなります。
それでも、〆木さんたちは良かった点として、時間にゆとりがあったことを挙げます。
「例年の繁忙期は、とにかく皆んな緊張してピリピリしていましたが、今年は比較的に誰もが落ち着いて作業できました。」(職員・〆木さん)
すぐそこに見えてきた次年度、そしてさらにその先の取り組みについて〆木さんたちは考えています。
「この状況がさらに1年、またそれ以上に続くとしたら、この問題をどう解決していくべきか課題です。地域の皆さんにさらにご利用いただけるように、しっかりとパンづくりをやっていきたいと思います。」(職員・〆木さん)
つくる意欲をつなぎ、地域に根ざし貢献するパンづくりを目指すSELP・杜の取り組みは、利用者さんに寄り添うことが原点です。
「利用者さんが挑戦したいと思うことを応援したいと思っています。挑戦したいのであれば、本人にも努力が必要になります。働きかけていくと少しずつ意識が変わっていきます。はじめから、あぶないから出来ない、ではなく、どうしたらその人が安全に作業できるか、その人の能力や可能性を見出し、寄り添って工夫を重ねていきたいと思います。」(職員・〆木さん)
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