ハマを愛する・ハマで暮らす
はまじん

生活の中にアートを

  

美術家 似て非works 主宰 稲吉 稔さん

  

「計画しないでやって来たから、出来たのかもしれない」

  

アートとの出会いは?

  

空調設備の仕事をしていた27歳の頃、Bゼミ※1に通い出しました。そこで観たシャンブル・ダミ(友達の部屋展)※2のスライドショーが、僕の中での原点です。その後、シャンブル・ダミのキュレーターのヤン・フートが総監督した、街を使った大規模な展覧会「ドクメンタ9」を観にドイツに行きました。そこで、あまりにもアートへの理解が 進んでいる様を見て愕然としまして、街の中にアートが本当に浸透していて、この(日本との)違いは何だろう?と。
それと同時に、旧東ドイツの何でもないアパートが汐見台団地に見えてきて(笑)、その『汐見台団地感=日常感』のようなものの中にヒントが隠れているんじゃないかと。アートの魅力はそういうところに潜んでいる気がして、横浜の、そして日本ならではの魅力を引っ張り出せたらいいなと、ずっと考えています。

  

ご自身で「似て非works」の活動を始められたきっかけは何だったのですか?

  

本当はもっと小規模なものを考えていたんですが、若葉町の古い信用金庫のビルに出会って、あの空間を見た時、ものすごい可能性を感じて…。5メートルくらいもある高い天井で回廊のような中二階があって、ここはアートが表現できる場所に違いない!ここから世界に繋がっていくのではないかと妄想しました(笑)。
そしてビルごと借りて引っ越して、3階にテントを張って生活しました。子どもたちもそこから学校に通い多国籍な友達が出来て、その子どもたちと一緒にミュージカルをやったりと、楽しかったですね。その地域で暮らしている様をミュージカルにしたのですが、物語ではなく、ありのままの日常がどんなにすごいか、気付かされました。

  

たくさんの出会いがあったのですね。

  

出会いは一番の財産ですね。不思議なことに最初はピッチャーのつもりがいつのまにかキャッチャーにまわっていたり…。自分たちで面白いことを企画していると、同時に、どこかから面白い企画がやって来るんです。作品も、計画的に作るのでなく、瞬間起こることが次の連鎖に繋がり、連鎖が連鎖を生み、さらに面白いものになるんですが、人との出会いもそうだと思います。

  

これからどんなことをやっていきたいですか?

  

一か所に留まらず、いろいろな現場を回りたいというか、種を蒔いて歩きたいですね。

プロフィール

1989年、世田谷で開催された野外展を皮切りに、アート活動を展開。2010年、若葉町の築60年のビルを空間制作し、妻で役者の渡辺梓さんとともに「日常とアート」をテーマとしたアートプロジェクトnitehi worksを運営。様々な場所の空間制作を行っている。消費されない価値を大切に、生活の中のアートを目指し、活動中。
website  https://www.nitehi.jp/